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世界各地のバラエティ豊かな朝食
また、幸せの香り漂うパン料理などを紹介していきます。

「チキンシトロンタジン」を「ホブス」とともに。フランスやアラブの影響も受けたモロッコはパンの種類も多彩だが、主食と言えばこのホブス。ホームメイドが多く、家によっては胡麻やフェンネルをふるなど個性豊か。

月刊dancyu[ダンチュウ]
2020年 7月号
編集タイアップ企画より

モロッコ王国
マラケシュ

いつもそこにある。
食卓にパンのある幸せ

“ローズピンクの街”とも呼ばれる古都・マラケシュ。赤土色の建物が並ぶ迷路のような路地を歩いていると、出合う光景がある。人々がパン生地を抱えて歩く姿。多くの家庭では毎日、自宅で捏ねた生地をパン屋に持ち込み、焼いてもらうのだ。面倒じゃないの?と声をかけると、「パンは家の味だから」と皆が口を揃える。

 現地語で「ホブス」。家ごとに多少の違いはあるけれど、オリーブオイルが練り込まれた円盤形のパンがモロッコの食事パンだ。朝昼晩と、食卓はこれがなければ始まらない食の基本。特有の丸テーブルに置かれたホブス、そしてそれを囲む家族の笑顔が、この国の幸福の象徴だ。

 正餐に当たる昼食ならタジンが登場。なかでもマラケシュの味と言えば「チキンシトロンタジン」。具は鶏肉に玉ねぎ、じゃがいも、オリーブの実、モロッコ伝統の保存食であるレモンの塩漬けも加わる。素材から出る味や香り、ハーブやスパイスの魅惑の風味……。すべてが一体となった煮汁が、ほろほろ柔らかな肉とからみ合う。何とも味わい深い鍋だが、さらにちぎったホブスで具をすくうようにして食べれば小麦の風味も溶け合い、旨味がぐっと膨らむ。

 タジンと言えば、これも効率とは程遠い伝統的な土鍋。円錐の蓋をしてゆっくり火にかけることで素材から水分や香りを引き出し、鍋中で循環させて美味を醸成していく。ホブスの生地づくりも併せて、主婦は午前中ずっと台所に立ち通し。だが、表情は実に生き生きとしている。手間暇を差し引いてもあり余る豊かな時間をつくっている──そんな誇りにあふれている。

 さて、早朝のマラケシュ。夜中に掃き清められた街は、昼間の雑踏が嘘のように静か。目につくのは、散歩をする地元民の姿ばかりだ。皆あてもなく歩いているようで、帰る頃合いはわかっている。少しお腹が空いたときがその合図。目的地はもちろん、丸く香ばしい幸福が待つ愛しいわが家だ。