世界各地のバラエティ豊かな朝食
また、幸せの香り漂うパン料理などを紹介していきます。

年老いた羊の肉を柔らかくするために長時間煮込んだのが、アイルランドのシチューの始まりとか。現在は牛肉や魚介のシチューもあるが、定番は「アイリッシュ・ラムシチュー」。伝統的な「ソーダブレッド」と相性抜群。

月刊dancyu[ダンチュウ]
2018年 3月号
編集タイアップ企画より

アイルランド

 「離れていても心は緑の島にある」。あるアイルランド人に聞いた言葉だ。その思いを実感するのが3月17日、セントパトリックス・デー。伝説的な聖人を記念したアイルランドの祭日が、アイリッシュ系移民を中心に毎年、世界各地で祝われる。

 メインはパレード。そして、伝統料理で祝宴を開くのが慣例だ。なかでもなくてはならないのが「アイリッシュ・ラムシチュー」。彼らにとっては、故郷や家族との絆を感じる特別な一品である。野菜やハーブと長時間煮込んだラム肉は驚くほど柔らかく、素材の味がしみ出たスープはしみじみおいしい。腹ぺこで帰宅し、その香りに迎えられた幸福をアイルランドで育った誰もが知っている。家庭の味、母の味。それだけでなく、シチューは紀元前からケルト民族に受け継がれる調理法だ。何と温かな味わいが、この国の土台にあるのだろう。

 シチューと相性抜群なのが、伝統的なパン「ソーダブレッド」。サクッとして中はしっとり、ほのかに甘い。重曹を用い、生地をねかせる手間が不要なため、今も家で焼く人が多い。十字の切り込みを入れるのも古くからの習わしだ。悪魔よけとも生地に空気を入れるためとも言われるが、いずれにせよ「おいしくなれ」と願って焼くのに変わりない。そんな母の姿は、素朴なパンの旨さとともにずっと記憶に残るものだ。

 ケルト文化とキリスト教文化が融合した独特の文化が息づくアイルランド。英国に由来する食文化も、現在この国で欠かせないものとなっている。その代表がパン。英国風のいわゆる"食パン"は、サンドイッチに、トーストにと、ソーダブレッドと人気を二分する存在だ。

 大家族が多いアイルランド。朝もトーストで迎えるのが定番な一方で、祖父母は昔ながらのオーツ麦の粥を食べていたりもする。重なり合う、複数の時代の香り──。これもまた彼らの心の奥底に残るだろう、故郷の幸福な香りである。