この国の街中は、どこもかしこもそのパンであふれている。パン屋はもちろん、スーパー、露店……。頭にのせた大きな板で一度に何十個も運んでいく自転車配達人の姿もちょっとした名物だ。「アエーシュ・バラディ」。直訳すれば地元のパン。小麦ふすま入りの円盤形ポケットパンで、見た目も味も華やかとは言えないが、噛むほどにしみる麦の深い味わいがある。
都市部にはほかのパンがないわけではないのに、みんなとにかくアエーシュが好き。毎食欠かさないと言う人もいる。「完璧なパンなんだ。ヘルシーで料理にも合う。代わりはないよ」。発酵パンを生み、古代王朝時代には数百種のパンが焼かれていたというエジプト。だが遥かな歳月、人々の暮らしの糧となってきたのは、素朴なアエーシュだった。その選択を誇りに思っていることは、彼らの笑顔が証明している。
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