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パンはなにでできているの?
欠かせない材料とそれぞれの働き
パンはどうやってつくられるの?
パンになるための大事なプロセス
パンがおいしいわけは?
味と香りと食感のハーモニー
パンの名前の由来は?
ネーミングに秘められた物語の数々
パンの雑学を教えて!
古今東西いろんなパンのトリビア
小麦粉は、含まれるたんぱく質(グルテン)の量によって、大きく三つの種類に分けられます。たんぱく質の多い順に、強力粉・中力粉・薄力粉の3種類です。このうち、パンには主に強力粉が使われます。強力粉はたんぱく質が多いため、弾力性に富んだおいしいパンができるのです。それぞれのタイプごとに、1等、2等、3等、末粉という等級(グレード)があり、グレードが高いほど、白くてキメの細かいパンができます。
パン酵母は「イースト」とも言い、10ミクロン位の卵型の微生物です。微生物であるパン酵母は、発酵によって二酸化炭素(炭酸ガス)を発生させ、パン生地をふくらませます。また、生地の状態をよくしたり、味と香りのもととなるアルコールやエステルなどの物質を生成するといった、さまざまな働きをします。またパン酵母には用途別にたくさんの種類があり、それぞれパンの風味が違ってくるため、使用量は少ないながら重要な原料の一つです。
塩は、パンの原料として欠かせないものの一つです。ペストリーのような甘いパンにも、かならず塩は入っています。塩には、塩味をつけるだけではなく、隠し味として小麦本来の風味を引き出したり、甘みや風味を際立たせたりする役割があります。また、グルテンを強くしてダレやすい生地を引き締め、形の整った弾力のあるパンにしたり、雑菌の繁殖を防いだり、パン酵母の発酵を適切に調節するといった効果もあります。
パンは、小麦粉と水、パン酵母、塩があればつくることができますが、パンに味や香りをつけるために、リッチなパンでは液糖、油脂、乳製品、卵などの原料も加えます。乳製品は、味と香りをさらに向上させ、栄養価も高めます。また、表面のこんがりとした焼き色やツヤをよくしたり、保水性を高めてパンの老化を遅らせる効果もあります。卵は、パンの栄養価を向上させるとともに、熱を加えると卵が固まる性質を利用して、パンのキメを細かくして、パサつきを抑えた弾力性のある食感にします。また、卵黄は黄金色の色付きをもたらします。
パンの分類法はいろいろありますが、「リーンなパン」と「リッチなパン」という分け方があります。リーンとは「簡素な」「脂肪のない」という意味で、リーンなパンといえば、主原料である小麦粉、水、パン酵母、塩だけでつくるパンをさします。一方リッチなパンというのは「豊富な」「こくのある」という意味であり、リッチなパンとは、卵や油脂、砂糖、乳製品などの副原料を生地に練りこんで焼いたパンのことをさします。一般に、フランスパンなどの食事パンは、料理との相性がよいようにリーンな配合になっており、こうばしい香りや風味がよいのが特長で、リッチな配合のパンは、副原料の効果で甘く、柔らかく、ふっくらとしていることが特長です。
パンづくりに欠かせないのが、生地を捏ねる工程です。これは、小麦粉のたんぱく質から「グルテン」をつくり出すために行う作業です。「グルテン」とは、小麦粉を水と捏ね合わせることによってつくられる(形成される)網目構造の物質でパンのふわっとしたおいしい食感をつくるもとになるものです。捏ねることによってグルテンができるのは、他の穀物にはない小麦粉だけの性質です。
パンがふくらむ要因は二つあります。一つは、小麦粉には「グルテン」のもとになる特有のたんぱく質が存在すること、もう一つは、「パン酵母」の働きによって炭酸ガス(二酸化炭素)が発生することです。小麦粉に水を加えて捏ねることでグルテンが形成されますが、グルテンは膜状の性状をしており、その中には多数の小さな気泡が存在しています。これにパン酵母が生成する炭酸ガスが取り込まれ、気泡が融合することなく大きくなることで生地は膨らみます。グルテンはたんぱく質なので、卵や肉と同様、焼くことによって固くなり、パンの骨格を形成します。発酵によってパン生地がふくらみ、焼くことによりふっくらとしたパンができます。
生地づくりから発酵、分割、成形、焼成までのパンづくりにかかる時間は、パンの種類や製法によっても異なりますが、ヤマザキでは食パンで約8時間、菓子パンで約5時間かかります。(「ヤマザキの工場見学」を参照)
食パンは、金属製の「型」の中に生地を入れて焼きます。型にはフタつきのものとフタなしのものがあり、フタなしの型で焼いたのが山型の食パン、フタつきの型で焼いたのが角型の食パンです。パン生地は、焼いているあいだも膨張するため、フタのない型ではパン生地が上へとふくらんで山型になりますが、フタつきの型では、パン生地は上へとふくらむことができず、全部の面が型に押しつけられて角型になります。
パンの耳や表面が茶色くなる理由は二つあります。一つは、焼いているあいだに糖と小麦粉や副原料に含まれるアミノ酸が反応して茶色く変色する「メイラード反応」です。もう一つは、パンを焼くときに、発酵によって小麦粉のデンプンから生まれた糖や、副原料として添加された糖類が熱せられてカラメルができる「カラメル反応」によるものです。これは、砂糖をこがしてつくるカラメルシロップが茶色いのと同じ理由です。耳や表面だけが茶色くなり、中身が白いままなのは、パン生地の表面のほうが熱を受けやすいことと、中身は網目構造になっていて熱が伝わりにくいためです。
パンの主な香りは、焼成によって生じるこうばしい香りとパン生地が発酵することによって生じる、発酵食品特有の微妙で複雑な香りです。さらに、これらに小麦や砂糖、バター、マーガリンなどの原料に由来する香りが加わり、オーケストラのハーモニーのように好ましい香りをつくりあげています。
食パンのまん中の白い部分をクラムといいます。クラムをよく見ると、細かいたくさんの気泡でできていることがわかります。この気泡は、小麦粉に水を加えて捏ねることによってできる「グルテン」という小麦粉特有のたんぱく質の中に、捏ねる時に一緒に取り込まれた空気やパン酵母が生成した炭酸ガスが分散してつくられます。食パンでは、この気泡は、非常に細かく均一ですが、フランスパンでは不均一で全体に大きめであるなど、パンの種類により特徴があります。これは原料やつくり方の違いによるものです。 (CHAPTER2「パンが膨らむのはなぜ?」参照) 食パンの細かい気泡の中には、パンの味や香り、旨みが閉じ込められており、また、パンらしいソフトな歯ざわりを生んでいます。
オーブンから出たばかりのパンはクラスト(表皮)がしっかりしていて、クラム(内部の白い部分)はとても柔らかな状態です。時間がたつにつれてクラストはしっとりと適度な柔らかさになり、クラムはいくぶんしっかりとしてちょうどよいソフトなパンになります。これは、焼き上がった直後は内部に閉じ込められていた水分が、徐々に外側に移行するからです。さらに時間がたつと少しずつ水分の蒸発が進みパンは固くなります。もう一つの原因は、時間とともにパンのデンプンの性質が変化するためです。焼きたてのパンのデンプンは、加熱前のしっかりとした構造が変化し非常に柔らかいのですが、時間がたつにつれて、徐々に元のしっかりした構造に戻っていき、固くなります。これをデンプンの老化といいます。おにぎりや餅、だんごが固くなるのも同じ理由です。デンプンの老化はある程度なら、再び温めることで柔らかい状態に戻すことができます。食パンをトーストするとふっくらおいしくなるのは、そのためです。また、老化の進み具合は温度によって異なりますが、もっとも起こりやすい温度帯は0℃~4℃と冷蔵室の中の温度に近いため、パンは冷蔵室での保存には向いていません。(「おいしい!パン食生活!」LESSON2を参照)
パンのおいしさを味わうには、消費期限内に食べきることが大原則です。しかし、どうしても余ってしまいそうな時は、冷蔵室ではなく、冷凍室での保存がオススメです。冷凍室へ入れる前には、消費期限内であることを確認することもお忘れなく。 ( おいしい!パン食生活!」LESSON2を参照)
パン生地をビスケットの生地で包み、表面に格子状の模様をつけて焼いたのがメロンパンです。その名前の由来については、いくつかの説があります。メロンパンが日本でつくられるようになったのは大正時代の末からですが、当時は卵白(メレンゲ)を配合したビスケット生地を用いており、その「メレンゲ」がなまって「メロン」になったという説。また、焼き上がった表面がひび割れていてマスクメロンの表皮に似ていたからという説。あるいは、当時(大正時代)は、アメリカから入ってきたマスクメロンが高級フルーツとして人気を博しており、その人気にあやかるため、意識的にメロンの表皮に似せてつくられたという説もあります。スペインやメキシコにも日本のメロンパンとそっくりのパンがあり、歴史的にはそちらのほうが古いため、メロンパンのルーツは海の向こうにあるといえるかもしれません。
ペストリーとは、油脂の多いパイ状の生地でつくった菓子パンのことをいいます。砂糖・油脂・卵をたっぷり入れた生地に、バターやマーガリンを挟み込み、パイのように何層にも折り込んでつくります。このパンの発祥はオーストリアのウィーンですが、それがデンマークに伝わり、現在のようにより完成されたかたちになりました。デンマークのペストリーということからデニッシュペストリーと呼ばれています。ちなみにデンマーク本国ではこのパンを「ウィーンのパン」を意味するヴィエナブロートと呼び、オーストリアではコペンハーゲナーと呼んでいます。
ロシア(をはじめ東欧圏)で、古くから食べられていたパンを模してつくったことから、この名があると言われています。東欧では、グルテンを含まないライ麦粉などを原料に使っているため、ふんわりとした食パンタイプのパンができず、丸型やナマコ型のパンが一般的なためこのような形をしています。
円錐形の巻き貝のような形のパンで、中にはクリームやチョコレートが詰めてあります。名前は「円錐形の紙袋」や「ソフトクリームのコーンの部分」を意味する"cornet"(コルネット)に由来し、コルネとも呼ばれます。コロネ型のパンをつくるときに用いる金型は、まさにソフトクリームのコーンの形にそっくりな円錐形です。
クロワッサンのもともとの意味は三日月。なぜ三日月の形をしているかは諸説あります。1683年、オスマントルコ軍に包囲されていたオーストリアのウィーンで、早朝、町のパン屋が地下で仕込みをしている最中に、トルコ軍がウィーンに侵入するためのトンネルを掘る音に気付き、すぐに軍に知らせ、陥落を免れたばかりか、勝利をおさめたことを記念して、「トルコの軍をくってやる」という意味で、トルコの紋章である三日月型のパンを作ったという説があります。他にも、オーストリアにはもともと牛や山羊の角を意味する「キプフェン」という名の三日月形のパンがあり、これがマリー・アントワネットがフランスに嫁いだ際に同行したパン職人によってフランスに伝えられ、現在のクロワッサンへと変貌を遂げたという説などがあります。
コッペはフランスパンの一種「coupé(クーペ)」が訛ったもので、ポルトガル語の「páo」と合わせた和製外来語です。 「coupé」はフランス語で「切った」を意味し、切れ目が入れられていることから名づけられたと言われています。
スイスロールは薄く焼いたスポンジケーキの片面に、ジャムやバタークリームなどを塗り、巻き上げたケーキで、ヨーロッパで広く食べられています。もともとはスイスで作られたので、「スイスロール」と名づけられました。日本ではロールケーキの名でも親しまれています。
小麦を粉にして水で溶き、薄くのばして焼く画期的な手法が編み出されたのは、紀元前6000~4000年頃のこと。その舞台となったのは、古代エジプト。肥沃なデルタ地帯を持つエジプトでは、メソポタミアから伝わった小麦栽培が盛んに行われ、無発酵パンが食べられていましたが、ある時、焼き上げる前のパン生地を放っておいたところ暑い気候が自然に発酵を導き、古代エジプト人は偶然にも発酵パンのおいしさを知ることとなったと言われています。それからの発展は急速に進み、紀元前2500年頃には200種類ものパンがあったと記録されています。(「パンの歴史館」参照)
1543年にポルトガル人が種子島に漂着した時、鉄砲をはじめいろいろなものを伝来しましたが、その中にパンもあり、ポルトガル語のパン(Pao)が日本のパンの語源になりました。パンは、最も早いヨーロッパ系外来語の一つで、その他にコンペイトウ・ビスコウト・カスティラ・ボーロ・カラメル等があります。
パンの色は主に、原料の麦の種類によって違っています。白パンは精製した小麦粉からつくられ、黒パンはライ麦粉からつくられます。小麦粉のパンは、古くからイギリス、フランス、アメリカ、イタリアなどの国で好まれてきました。一方、ドイツやオーストリア、ベルギー、オランダなどの寒い地方では、小麦は育たないため、寒冷地に適したライ麦の粉でパンをつくりました。小麦粉のパンが軽い食感であるのに対し、乳酸菌で発酵させるライ麦粉のパンは、独特の酸味のある重い食感が特徴です。
食事パンのほとんどが欧米から日本へ伝えられたのに対し、菓子パンには日本で生み出されたものがたくさんあります。たとえば、あんぱんは明治2年に木村屋創業者の木村安兵衛氏によって、クリームパンは明治の中頃に新宿中村屋創業者の相馬愛蔵氏によって、それぞれ考案されたものです。また、カレーパンは昭和2年に名花堂というパン店が「洋食パン」という名で販売したのがはじまり。ちなみにメロンパンは、そっくりのパンがスペインやメキシコにあるようですが、名前は日本でつけられたものです。
日本人ではじめて本格的にパン製造を行ったのは、伊豆韮山の代官であり、軍学者でもあった江川太郎左衛門です。江川太郎左衛門の師に当たる高島秋帆の従者に、長崎のオランダ屋敷に料理方として勤め、製パン技術を覚えた作太郎という人がいました。そこで、作太郎を伊豆韮山の江川太郎左衛門宅に呼び寄せ、パン焼き窯を作り、1842年4月12日、記念すべき「兵糧パン」第1号が焼き上げられました。この兵糧パンはまあまあの評判を得て、その後、大規模な製パン所で、大量のパンが作られるようになったのです。また、水戸や薩摩でも、同じようなパンが作られるようになりました。 4月12日が、いわば日本のパン発祥の日であることから「パンの記念日」とし、そして毎月12日を「パンの日」として全国のパン屋さんがより一層のサービスに努めることを、パン食普及協議会が1982年に定めました。パンの日に限らず、パン食をいっそう普及させるためにパン食普及協議会が活動しています。
食パンは1斤2斤と数えます。"斤"というのは、古代中国の時代から使われている重量の単位です。今では重量を表す単位ではなく、単に食パンの数量を表す単位として使われていますが、平成12年に制定された「包装食パンの表示に関する公正競争規約」では、パン1斤は340g以上とすることが明示されています。
パン食い競争のルーツは、札幌農学校(北海道大学の前身)の運動会「遊戯会」の明治29年に開催された第15回大会での「食菓競争」ではないかといわれています。運動会としてはそれよりも前、明治7年に海軍兵学寮で「競闘遊戯会」が始まっており、ここで「あんパン」の失敗作をゆずり受けてパン食い競争が行われたという説もありますが、はっきりしたことはわかっていません。
明治36年に出版された「食道楽」という本の続々編には、サンドイッチのつくり方として「縁の硬い處(ところ)を切り捨てて……」という記述があることから、このころはまだ「耳」といういい方をしていなかったと考えられます。広辞苑の「耳」の項に「織物・紙類または食パンなどの縁、またその縁の厚くなったところ」とあるのをみると、織物や紙の縁を「耳」と呼んでいたのが、食パンにも流用されたのかもしれません。また、「耳を揃えて~」といういい回しからついた、という説もありますが、いつごろから使われるようになったのかはわかっていません。