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世界各地のバラエティ豊かな朝食
また、幸せの香り漂うパン料理などを紹介していきます。

“スラヴァのケーキ”という意味の「スラヴスキ・コラチュ」。実際は優しい味わいの食事パンで、ワインを垂らすと大人の味になる。スラヴァの日は教会に行った後、家族でこのパンを分け合い、祝宴が始まる。なお、スラヴァはユネスコ無形文化遺産にも登録されている。

月刊dancyu[ダンチュウ]
2020年 2月号
編集タイアップ企画より

セルビア共和国

一年に一度、家族の祝祭日は
特別なパンとともに

 この国で記憶に残る料理を尋ねると、多くの人が頭を悩ませる。バルカン半島の内陸国、ドナウ川が潤す豊かな大地セルビア。東西の食文化が交錯する中から育まれた料理が多彩であることに加えて、味わうだけで幸福な食の風景を思い出す料理が、一人一人無数にあるのだ。大半は、母や祖母がつくってくれた家庭料理だという。

 その背景にはセルビアの主婦たちに受け継がれてきた伝統がある。家族の温かな時間をつくるのは心のこもったおいしい料理だと信じ、多忙な日々の食事にも手間暇を惜しまない。なかでもセルビア独特の祝祭日“スラヴァ”は特別な一日だ。

 スラヴァは、家庭でそれぞれの家の守護聖人を祝う、セルビア正教の習慣。この日ばかりは離れて暮らす家族も帰郷し、年に一度の家族の祝祭日を祝う。守護聖人ごとに日程は異なるのだが、1月はスラヴァの日が複数あり、正教会では1月7日のクリスマスも相まって国中が浮き立つ。

 このスラヴァに欠かせないのが「スラヴスキ・コラチュ」。丸いケーキのような大型パンで、鳩や薔薇など聖人にまつわるシンボルが上面に飾られる。教区の聖職者か家長が赤ワインを十字の形に垂らしてから、皆で分け合い、食べるのが慣例だ。

 生地には牛乳がたっぷり使われ、焼き上がると甘い香りがする。早朝、この香りが家中に漂うと、待ちに待った日が訪れた合図。友人知人も祝いに訪れ、互いの健康を祈り合いながらご馳走を楽しむ。冬はマイナス10℃という寒さのセルビアだが、記憶の中のスラヴァは常に温かい。

 さて、以下は首都ベオグラード出身の婦人の話。朝の思い出は子供の頃、よく使いに出されたパン屋なのだとか。激動の歴史を歩み、近年の変化も著しい街。その店はもうないが、今も同じ場所を通ると主人や客の笑顔、香ばしいパンの香りが甦ると言う。彼らにとってその街はいつも、おいしい思い出に満ちた特別な場所なのだ。